まるすの不思議な旅

「まるすの不思議な旅」とは

本州乗車券片道乗車券を作って実際に旅をしてみたり、トワイライトエクスプレスに乗るために、東京から大阪まで出向いてみたり、鉄道ファンならではの不思議な旅日記を公開しています。

まるすの不思議な旅・一人旅、そして

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まるすの不思議な旅・一人旅、そして

 徹夜勤務で疲れた身体に鞭打って彼は五反田の会社を後にした。外はまだ夜の帳がおりている午前4時半。ジャケットの襟元を押さえながら小走りに五反田駅へと向かっていた。大きなバッグには、厚手のジャケットとカメラ機材、着替え用の下着などが入っている。雨に降られても大丈夫なようにと、ビニール製のバッグであった。もっとも、このとき彼は、ひそかに雪が降る事を期待していたのであるが…

 午前4時55分、始発電車に程近いこの時間の山手線。しかし車内は半数以上の乗客で賑わっていた。ゴルフ用具を抱えている人、酔って高いびきをかいて寝入っている人など様々であった。そんな中で彼は、東北への想いを胸に徹夜して睡魔が襲ってくることなど忘れているかのように興奮していた。

 山手線は、定刻の午前5時19分、上野駅に着いた。彼は足早に中央大連絡橋を越える。ここから東北新幹線に乗り換えるためである。東北新幹線の始発が出るまでにまだ時間はあるが、彼の持つ乗車券では自由席車にしか乗車できない。そこで座席が確保できる時間に並んでおこうと考えたのである。新幹線乗換口はまだ閉鎖されていた。その前にはすでに5名ほどが列を作っていた。

 午前5時45分頃、改札が一斉に始まる。思わず駆け出す乗客もいる。新幹線ホームはエスカレーターを延々とおりていったところにある。果たして自由席は空いているだろうか。

 彼の持つ乗車券は、JR東日本管内全線に金曜・土曜・日曜、または土曜・日曜・月曜の連続した3日間なら特急の自由席にも乗り降り自由という企画切符である。名称を「EEきっぷ(いいきっぷ)」という。彼のEEきっぷには、氏名と有効期限が12月8日から10日まで有効と記されている。彼がこの切符で東北旅行を考えたのは、6月25日の事である。その日も彼はEEきっぷで東北を旅していた。その途中で乗車した「五能線」で出会った方と語り合い、「冬のEEきっぷでまた逢いましょう」ということがきっかけとなっている。男性は彼の他に二人、そして女性が二人であった。

 11月のある日、「冬のEEきっぷツアー」に参加できる3名が新宿に集った。そこで決まった事は実に面白い企画であった。「五能線の深浦駅で落ち合って、そこでじゃんけんするの。それで、勝った人がその後の経路を選択できるようにするってどう?」彼は、この案にすぐさま同意した。もう一人の男性も同意していた。さらに、落ち合う日は、最終日の12月10日という事になる。それまでは経路を明かさない一人旅。そして…

 午前6時丁度発の東北新幹線やまびこ31号はすでに入線している。が、しかし車内点検という事でまだ扉は開いていない。彼は朝食を駅弁で済まそうと、kioskへ向かう。そのとき、彼の目に一人の女性の姿が目に入った。10日に逢いましょうと約束した女性である。彼はためらった。声をかけようかどうしようかと。しかし、彼の心はすでに彼女に声をかけていた。彼女は、イヤホンをつけ何かをメモしていた。ふと顔をあげたとき、彼女も彼に気付いた。「知らん顔してようね。逢った事にしないでおこう」そう言って、また顔を伏せる彼女であった。

 彼は、そんな彼女の気持ちをくみ、敢えて遠く離れた号車へと向かった。自由席の車内でいつしか眠りに就くまでに時間を要しはしなかった。旅での徹夜なら何でもないと考える彼であるが、仕事での徹夜はやはりこたえたのであろう。

 やまびこ31号は朝もやの中を走る。午前9時08分、列車はゆっくりとホームに滑り込む。ここで彼は急行列車に乗り継ぐ。彼女はこのまま盛岡へ向かうであろうと勝手に解釈し、80メートル先にある無人の在来線ホームへ急いだ。ここは、遠野への観光客が賑わう新花巻駅である。陸中1号は遠野から釜石をまわり宮古まで進む。途中釜石駅で進行方向が変わる列車である。彼の疲れはまだ取れたわけではなかった。この車内でも睡魔に襲われ、寝入っていたのである。ふと目が覚めるとそこは遠野駅であった。階段を登っていく後ろ姿に見覚えがあった。彼女もこの列車に乗車していたのである。

 遠野で下車した彼女とは顔も合わせず、言葉もかわさず見送った彼は、これから本当の意味で一人旅となった事を悟った。ふっと「ふきのとう」の歌う「散歩道」という歌詞が耳をよぎった。

「そっとあなたの後ろ姿見送っている、それでもいいんだ、淋しいけれど…」

 陸中1号は釜石を経由して、宮古へと到着した。ここから三陸海岸を走るという、三陸鉄道北リアス線に乗り継ぐ。第三セクターとなった鉄道であり、彼もこれが初めての乗車である。三陸鉄道の駅にはそれぞれにユニークなサブ名が付いている。神楽の里・佐羽根、銀色のしぶき・田老、旅の八郎・摂待、泉湧く岩・小本、カルボナード・島越、カンパルネラ・田野畑、はまゆり咲く・普代、義経の祈り・堀内、西行の庵・野田玉川、ソルト・ロード・陸中野田、縄文の花・陸中宇部、瑚珀いろ・久慈。

 久慈駅からはJR八戸線で八戸へと向かう。時間が時間だけに学生に取り囲まれる形となった。ここで彼は経路の見直しをしていた。昨夜の徹夜の疲労はまだまだ取れない。計画表では、青森から夜行急行で福島、同じく夜行急行で弘前へと向かう経路を予定している。しかし、これでは、さすがの彼であっても身体が持たないと考えたのか、青森で宿泊する事に変更した。そんな折り、財布の中を確認した彼は愕然とした。持ち合わせている金額は、わずかに1000円である。時刻は午後4時。八戸で銀行に行かなければ宿泊する事もできない。

 八戸での乗換時間は38分ある。彼は急いで改札を抜ける。が、しかし、駅の周辺にはそれらしいものが見あたらないどころか、ビルがない。彼は焦りを覚えた。メインストリートをやみくもに歩いていると神の助けとでも言うべきか、「みちのく銀行」という看板が目に入った。「助かった」と思った。財布も太り、気分が落ちついた彼は、八戸から特急はつかり15号に乗車し、青森へと向かう。

 青森は一面の雪化粧であった。と彼は書きたかった。そのために、厚手のジャケットを持参したのである。ところが、気温は13度もある。アスパムの壁面ではクリスマスを反映したかのような電飾が闇に輝いていた。

 駅前の公衆電話で彼は飛び込みの予約をホテルにいれた。今日の経路変更で当然明日の経路も変わってくる。彼はホテルの室内で時刻表と取り組んだ。本来ならば五所川原から出る津軽鉄道のストーブ列車に乗車する予定だったが、この気温だと、もう一つ行きたいと思ったところがある。彼はその地を目指す事にした。

 経路が決まった時刻は午前2時。明日は午前8時06分の電車に乗る事を考え、テレビもつけずにベッドへと潜り込んだ。

 その日、彼は7時丁度のモーニングコールで目が覚めた。朝食券を持つ彼は、おもむろに、2階にあるレストランへと足を運んだ。彼が予約しておいたのは、和食朝食である。生卵のかわりに温泉卵があった。ホテルから青森駅までは徒歩約10分。駅構内で約5分かかることから、7時50分頃には、ホテルを出ていなければならない。微妙な時間のために、彼は、最後に出されたコーヒーを一気に飲み干した。

 午前8時。青森駅構内には、8時06分発の蟹田行きが入線していた。日曜日であることで、ゆっくりと座席につく事が出来た。青森駅から津軽線をのんびりと走る。途中津軽二股という駅のとなりに真新しい駅舎が見えた。これが、津軽海峡線の津軽今別駅である。JR東日本の津軽二股駅とJR北海道の津軽今別駅が並んで位置しているのを彼はほほえましく思った。

 8時52分、蟹田駅に到着。ここで蟹田始発の三厩行きに乗り換える。三厩行きの発車まで20分近くあるために、彼は改札を抜けた。蟹田駅はその名の通り、蟹を扱った事項が多かった。そのひとつが駅に設置してあるスタンプである。「わたしの旅スタンプノート」にはこの駅にスタンプがある事は記述されていない。このスタンプには、蟹の独り言のような形で「かれは人を喜ばせることが何よりも好きであった」と刻まれている。これは、佐藤春夫氏著の「正義と微笑」の中の一節である。

 彼が目指す地は、竜飛岬である。「ご覧あれが竜飛岬…」という歌が彼の耳に流れていた。蟹田を発車した汽車は、10時丁度に三厩駅に到着した。「三厩」と書いて「みうまや」と読むが、地元の方はこれを「みんまや」と呼ぶ。実際に駅構内にも、この両方の読みがある。三厩駅からはバスで竜飛岬へ向かうが、乗換時間はわずかに5分しかない。しかし、この乗換時間は充分すぎるほどであった。この辺りのバスは、フリーバスと言い、停留所以外でも停車してくれる。ただし、見通しの悪い場所など危険が伴うところでの停車は出来ない。

 細い路地のような所や、岩肌が突出した所などを巧みなハンドル操作で進む。朝ということもあってか、函館地方までは見る事が出来なかった。10時50分頃、竜飛に到着。最初、彼は13時35分のバスで戻ろうと考えていたが、余りに何もないのでこのまま11時のバスで戻る事にした。それまでの10分間で、彼は「太宰治」の碑を見、帯島などを歩いてみた。太宰治の碑には、「ここは、本州の袋小路だ」と言った文章が記載されていた。これは、名作「津軽」の一節である。

 あっと言うまではあったが、取りあえず訪れた、本州の北のはずれの地。雪の影も無い12月の竜飛。地元の方には申し訳ないが、彼は若干物足りなさを感じていた。バスが三厩駅に到着したのは11時40分頃の事である。しかし、ここで彼にたっぷりと時間が与えられる事になる。三厩から蟹田方面へ向かう汽車は、13時14分まで無い。1時間半もの時間をつぶす必要があった。昼食をするにも、店が開いていない。散策をするには名所が遠すぎる。しかたなく彼は駅構内で撮影をしたり、ストーブの焚かれた駅待合い室で今後の予定を検討していた。この日、彼は昼食抜きを余儀なくされた訳である。

 13時14分、三厩駅を汽車は出た。時刻表で検討した結果、往路で見た「津軽二股駅」で下車しようと思っていた。下車の歳、扉を手であけ、一人無人のホームに降り立った。車掌さんに乗車券を見せようとするが、焦りのために見つからない。しかたなく口頭で、「EEきっぷなんですが」と申し出た。すると「はい、わかりました」と何の疑いもなく下車を許してもらった。その直後、乗車券が見つかり発車しようとしている汽車の車掌さんに掲げると、「はいはい。どうも」と言うだけであった。

 津軽二股駅の前では何やら工事が行われていた。時計のついたオブジェがすでに建設済みであった。実は、ここで彼は津軽今別駅へ行き、海峡号で青森へと向かう事にしていた。ところが、彼は「津軽今別駅」がJR北海道の駅である事を忘れていた。慌てて時刻表で距離を計算し、運賃が230円必要である事を確認していた。津軽今別駅は、青函トンネルの定点駅でもある。従って、駅の両側には赤い非常用の箱が点在していた。駅舎の壁面には落書きがあった。彼は暇を持て余していたためにこの落書きを眺めていた。「大阪より参上!2月だと言うのにトレーナーとジーンズでいるという暑さだ!」「なんで天北線なくなったの?」「(寝台特急)日本海を撮影できた。あっという短い時間だった」「これからチャレンジ20000キロの最後の三厩へ行きます」

 海峡10号は14時28分津軽今別駅を発車した。程無く車掌さんがやってきた。彼はEEきっぷを示しながら「中小国まで」と申し出た。すると、車掌さんは「EEきっぷですか。じゃぁ結構です。サービスしておきます」と言い、無賃乗車を認めてくれた。後にJR北海道の方に聞くと、これはサービスと言うより車掌が面倒だったからではないかということである。すなわち、タッチペン方式の車内改札機は北海道内の駅名はタッチペンで行えるが、本州内だとかな文字入力を必要とするからだそうである。

 彼の膝の上には必ず時刻表があった。今日の宿泊地は五能線の五所川原駅にあるホテルである。しかし、このままホテルへと向かうには早すぎた。彼は今回の旅の途中で「わたしの旅スタンプノート」を買い求めていた。従って、スタンプを押せる駅が近くにないかを確認していたのである。そんな時に思い立ったのが「大湊線」の「大湊駅」である。彼は、15時14分、青森到着後、野辺地でスタンプを押し大湊までを往復した。大湊駅からの汽車は八戸行きとなった。この汽車は野辺地駅で非常におもしろい行動を行う。青森から来た「うそり・うみねこ」を切り放し、その「うみねこ」の車両の前方に「大湊」から来た車両を併結する。「大湊」から来た汽車は「うみねこ」の停車しているホームのとなりに入線しているために、一度500メートル程八戸寄りに客を乗せたまま向かい、逆進してくる。不思議な動きに見入っていた彼であるが、そんな行為を青森行きの「はつかり22号」が邪魔をした。

 青森駅から弘前行き各駅停車に乗車し川部へと向かう。川部駅での乗り継ぎ時間は3分しかない。遅れは許されないのである。そんな彼の意に反し、各駅停車は2分の遅れを出した。駆け足で階段を駆け上がる乗客となる。五能線の最終鯵ヶ沢行きは、正確に時刻通り発車した。彼は肩で息をしていた。

 五能線の五所川原駅に到着したのは、21時11分の事である。ホテルは徒歩7分の所にあった。いよいよ明日は「出会い」の日である。彼の持つディスクマンは、ふきのとうというグループの歌を奏でていた。

「次の駅を過ぎたら思い出を見つけるんです…」

 12月10日、午前8時09分。彼は五所川原駅に入線している各駅停車鯵ヶ沢行きの車内にいた。ここ五所川原は、津軽鉄道との分岐駅である。津軽鉄道への連絡口には、「ストーブ列車運行中」の横断幕があり、ホームには「ストーブ列車」のヘッドマークをつけた列車が入線していた。遠目で彼はストーブ列車の内部を探った。一車両の前部と後部にそれぞれ「だるまストーブ」が設置されているようだ。列車の屋根にあたるところに煙突が出ておりかすかに陽炎が立っていた。その列車の後方にはサンタクロースのヘッドマークをつけた「サンタ列車」が止まっているのが彼の目に留まった。

 彼は、本当ならばこのストーブ列車で金木へ行き、太宰治の生家であるという斜陽館を見学し、再び五所川原へ帰ってくる予定を立てていた。しかし、「深浦で逢いましょう」と3名で決めたことで彼は予定を変更したのである。なぜか。それは、五能線は、東能代方面と弘前方面の2方向からのみ五能線に乗車することが出来る。そこに3名が集まるということは、うまくいけば深浦まで一人旅が出来るが、下手をすると3名が深浦に着く前に顔を合わせることになりかねないと考えたからである。彼は11月に落ち合う場所が決まったそのときに、この計画を考えていたのである。

 その彼が考えていた計画とは、あらかじめ深浦駅に先回りしておき、二人の乗車した列車を待ち受けるというものである。彼は都合の良い列車を時刻表で確認しようとしたが、一本前の列車から予定の列車まで2時間近くの間がある。これは非常に無駄であった。それが本日、いまだに心に引っかかっていた。

 鯵ヶ沢駅は、駅舎の工事が終わったばかりの様相を呈していた。14分の待ち合わせで先へ進む列車に乗り換える。このあたりで彼の決心は固まってきた。「千畳敷駅で下車しよう。」ところが、鯵ヶ沢を過ぎてすぐ、外が曇り始めた。かと思うとすぐに雨模様となった。その雨が勢いを増す。彼はこのまま深浦駅へ向かおうかと時刻表を再び取り出した。彼は晴男を自負している。それがここに来てまで有効であるとは彼自身思っていなかった。北金ヶ沢駅で空の色がはっきりと二分されていた。行く先は陽光さえ射している。

 列車が千畳敷駅に到着した。彼は慌てて扉を手で開け無人のホームに降り立った。雨はすっかり上がっていた。時刻は、午前9時24分であった。千畳敷は、駅を降りると道路を渡ったすぐのところである。寛政4年の地震で海の底が隆起して出来たものであるといわれる。その昔、殿様が来ると、ここに千畳の畳を敷き二百間の幕を張って酒宴を開いたといわれるところである。そんな地に観光客の姿は一切無い。釣り糸を垂れている人が数人いるだけであった。その誰もが自家用車で訪れており、彼のように列車で訪れた人はいないようだ。次の列車がこの駅を通るのは90分後のこと。ドライブインが2件あるが、一件は営業をしていない。この時間をつぶすために彼はもう一件唯一営業しているドライブインの扉を開けた。

「いらっしゃいませ」
「すみません、お手洗い貸していただけますか?」
「あ、はい、どうぞ。こちらです」

 彼の本当の目的は、ここでタクシーの手配を頼む積もりであった。それを言い出せず、こんな風に会話をかわしたのである。手洗いで彼は考えていた。このまま外へ出るのは余りにも気まずい。そこで何かを購入して行こうと。

「すみません。コーヒーいただけますか?それと、この千畳敷のテレフォンカードをください」
「え?コーヒーですか?えーとちょっと待ってください。すみません、今奥さんがいないもので、よくわからないんです。私は留守番なんです。すみません、折角来てくださったのに」
「そうですか、仕方ないですね、じゃぁ結構です。あ、すみませんけれど、車手配できますでしょうか?」
「車?あ、タクシーですか?はい、えーと、どちらまで行かれるんですか?」
「深浦まで行きたいんです」
「ちょうどいい汽車はありません?」
「えぇ、先ほど行ってしまったので」
「あぁ、そうですか、ここからだと、北金ヶ沢から来てもらった方がいいですね。えと番号は…」

と留守番をしているという女性は奥へ行ってしまった。

 彼はその番号を記憶し、ピンク電話の受話器を取り上げた。しかし、奥でその女性が電話をかけてくれているのに気付いた。「手間をかけている」彼は心が痛んだ。電話を終えた女性は彼の方を向き、「深浦にしかタクシーはないそうですよ。25分くらいかかるそうですけど、いいですか?」「えぇ、結構です。どうもありがとうございます」「呼んでおきましたので、25分位したら来ると思いますよ。それまで、どうぞここにお掛けになってゆっくりして行ってください」と、ストーブに薪をくべ、大きなやかんをかけた。テレビでは「日本人初の宇宙旅行・日本上空生中継」という特番が終わったところであった。奥からその女性は語りかけてくれた。

「どちらからいらっしゃったんですか?」
「東京からです」
「じゃぁこちらは寒いでしょう?」
「いえいえ、東京の方が寒いくらいですよ。12月なのに雪がないんですね。12月だと言う気分がしませんね」
「そうですよ。10月並みですよ」

 タクシーが到着する前に、奥さんと呼ばれる人が買い出しから帰ってきた。留守番だと言った女性は「先ほどのテレフォンカードお求めになりますか?奥さん帰って来られたので値段がわかりますが」「はい、お願いします」彼は850円のテレフォンカードを買い求めた。彼は、タクシーで深浦駅へ行くつもりであった。そのことを、奥さんに話すと、「よかったら、おくってあげましょう」と言ってくれた。慌ててタクシーをキャンセルし、片道25分の海岸沿いの道を奥さんの運転する車が走る。

 彼が深浦駅に到着したのは、10時半頃であった。この駅が「出会い」の駅となっている。その最初の汽車が来るまでまだ1時間半ほどある。彼はふと深浦駅の周辺を散策してみようと言う気持ちになっていた。駅から東へ数分のところに「津軽深浦北前の館」がある。ここには、北前船(江戸時代中期から明治時代中期にかけて上方と北海道までの各地を結び、経済と文化の反映を担った交易船であり、この時代深浦は、風待ち湊として入船・出船で賑わったという)に関する資料やこの船によって運ばれてきた品々を展示している。自然の標本、写真なども豊富にあるところである。

 このあたりからは、深浦の駅舎を海岸線に見おろすことが出来る。彼の持つ写真機が音を立てていた。ゆっくりと知らない道を歩いていく。かなり遠回りになったが、彼はまったく気にしていない様子であった。深浦駅に再び戻ってきたとき、時計は、11時半を示していた。弘前駅発の五能線直通電車が、この駅に到着するのは11時57分のことである。彼は、期待が大きく膨らんで行くのを感じていた。そんな彼の気持ちが通じたかのように10分前に改札が始まった。彼は急いでホームへと上がった。風が若干冷たく感じる。ホーム横の警報機が音を立て始めた。カーブを曲がって汽車が姿を表した。この汽車に誰かが乗車しているかも知れない。彼の心は弾んでいた。

 汽車は寸分の遅れもなく、定刻に到着した。しかし、中から降りてくる乗客の中に「出会い」の人はいなかった。彼は、ホームを前から後ろまで歩きその人の姿を探していた。遅れること5分で今度は東能代駅発の五能線直通電車が入ってきた。この深浦駅で上り電車と下り電車が入れ替えを行うのである。後から到着した車内から男性一人降りてきた。しかし、女性の姿がない。彼の脳裏に嫌な予感が走った。彼女は、乗り遅れたのではないだろうか、それとも、今回の企画を破棄して別の旅を行っているのであろうか。

 彼がふと顔をあげたとき、ホームの最も弘前方面よりに女性がいるのを見つけた。彼は、すぐにそれが「出会い」の女性であることに気付いた。彼女がゆっくりと近づいてくる。彼もまた、彼女に近づいていく。お互いの距離が縮まる。彼は軽く手をあげ、彼女に合図した。

「どっちの電車に乗ってたの?」彼は聞いた。

「弘前発の方」彼女は簡単に答える。
「なんだ、ずっと乗ってたの?」
「うん。だって、外寒そうだから」

 彼女は、下り電車が来るまで車内にいたのである。ここで、企画のじゃんけんが始まることになる。彼は、ここで東能代方面へ向かう経路を考えていた。あとの二人もそれぞれに経路を考えていることだろう。じゃんけんで一番勝った人の経路に従うというミステリアスな企画であった。

 下り電車は12時10分に発車する。時計はすでに12時5分になっている。「早くじゃんけんしないと電車が出ちゃうよ」彼は焦ってそんな言葉を投げかけた。「じゃぁ、じゃんけん…」勝負は2回にわたった。結果は、下り電車に乗車するということになった。そう、彼は、一回目のじゃんけんで見事に負けていたのである。彼の経路と彼女の経路は、どちらも東能代方面へと向かう予定になっていた。しかし、もう一人の男性が勝ってしまった今、その望みははかなく消え去っていた。

 彼女は、彼に「席取っておいて」と言い残し、荷物を上り電車内に引き取りに行った。運よく彼は、ボックスを確保することが出来た。彼は彼女と対面する形で窓際へ腰を下ろした。海岸のよく見える座席であった。車内で今後の経路の予定を確認した。彼女は、「今日中に帰れるよね?」と心配していた。帰りの経路はEEきっぷの有効期間内であれば自由ということにしておいたために、夜行列車で帰京することも考えられるからである。EEきっぷは特殊な企画切符であり、有効期間の最終日に発車する列車に、有効期間内に乗車した場合、日付が翌日に変わっても、その列車の終着まで有効となっている。

 男性は、慌てる様子もなく、「今日中に帰れる経路もあるんだが」と夜行列車での帰京を匂わせた。しかし、よくよく聞いてみると、この列車を弘前まで乗車し、そこから鷹ノ巣へ出向き、秋田内陸縦貫鉄道を経由して角館から盛岡、上野という経路であった。時刻表で確認すると、盛岡発の最終やまびこに間に合うことになる。ただ、ここで彼女の言い分が勝った。「4時過ぎにお金払って乗っても真っ暗で景色見えないよね。景色見えないなら、乗っても意味がないと思う。それから、私、今、お金が800円しかないの」この最後の言葉に彼は驚いた。「昨日、いっぱいお土産買ってしまったし、お寿司やさんに入ってお寿司食べたし。2万円くらい使っちゃった。銀行探したけれど無くて、お金おろせなかったの」

 一人旅が転じて3人旅になった今、今まで自分が行ってきた経路などを一気に語り合う3人であった。列車が千畳敷駅に到着したとき、彼は、そこでの出来事を話していた。彼は前もって印刷しておいた彼自身の経路表を二人に配布していた。それを眺める彼女の口から「え、五所川原に泊まってたの?」という言葉が漏れた。「五所川原のどこ?」「サンルート五所川原だよ」彼は答える。「えーっ、私もそこだったのよ」奇遇であった。お互い一人旅であると信じきっていたために顔を合わす機会もなかったのであるが、近くに二人はいたのである。「夕べね、私、霊に取りつかれて、眠れなかったの」「霊って?」「夜中の2時頃、誰かがウンウン唸ってるの。で、身体も動かないし、目をあけようとしても、怖くてあけられなくて」「でも、それってよく頭だけが目覚めてて身体が寝てるからだっていう話もあるじゃない。それくらい疲れてたんだよ、きっと」「うん、そうかも知れない。きっとそうよね」彼女がこんな話を始めたのは、彼女が泊まっていた部屋番号が、7階の13号室であり「そう、チェックインしたときに嫌な感じがしたのよね」と話したことに始まるのであるが、このホテルではそのような変な噂は耳にしていない。蛇足であるが、彼はこの日、5階の3号室にいた。

 彼女は、翌朝ほとんど寝つかれないまま、五所川原駅にいき、そこから分岐している津軽鉄道のストーブ列車に乗車して、太宰治の斜陽館に行ったという。そのストーブ列車とは、彼が五所川原駅で見ていた、その列車なのである。もう少し注意していれば、彼女を見つける結果となったであろう。ただ、もし見つけても彼が経路を変更することはなかったが。

 彼は彼女の経路に興味があった。遠野へ行ったことだけはわかっていたが、その後どのように回ったかをである。「遠野でバスに乗って回って、それから横手に泊まったの。横手で何か見るところありますか?って聞いたら、何もないよなんて言われてショックだった」

 3人の話は、絶えることがなかった。長い時間も短くさえ感じられた。五所川原駅付近の林檎の樹林を抜ける。「五能線は林檎の樹林から始まると思っていたから、こういう逆回りコースは新鮮だな」と男性が呟く。それに対して、「海岸見る直前で引き返したって感じ」と彼女は言う。林檎の樹には、取り残された林檎が寒風にさらさ れていた。 男性は、彼女の言葉に負けて経路を変更した。秋田内陸縦貫鉄道はまたの機会にと言うことで、今回はおとなしく川部から青森を経由して盛岡へ向かうことになった。ただ、彼は、ただそれだけでは面白くないと主張し、青森駅で時間を持つように要請した。どうしても、アップルスナックを購入したかったのである。また、彼女も、銀行へ行こうとしていた。考えてみれば、彼女は、銀行を見つけていたのである。しかし、それが「みちのく銀行」であったために、都市提携銀行ではないと信じ、引き出すことをしなかったと言う。青森駅の正面口には、銀行の影はない。ただ、彼は先日青森で泊まった際に、ホテルの隣に「みちのく銀行」があることを記憶していた。彼は彼女に道順を伝え、久しぶりの煙草に火をつけた。

 しばらくすると、彼女が戻ってきた。「お弁当買っておこうよ」彼が言うと、彼女もそれに同意した。二人は弁当売り場へと向かい、津軽海峡弁当を二つ購入した。その後、財布が膨らんだ彼女はまたお土産を買っている。彼も、実家の神戸に向けて林檎の詰め合わせを発送する手続きを取った。二人が待合い室に戻ると、男性の姿があった。二人の手にある弁当を見、慌てて購入しに走った。

 はつかり26号は、16時40分の発車である。座席を回転させ、ボックスシートを作った。「たぶん、もうすぐ海峡からの乗換客が走ってくるよ」男性は言う。彼女は、走ってくる人を見ては、「頑張れ頑張れ」と小声で声援をおくる。

 外は、もうすっかり暗くなっている。缶ビールとワンカップの日本酒で乾杯した。彼女は、「おつまみいっぱいあるから、食べて」とバッグからお菓子を出し始めた。その量がすごかった。「まるで、お菓子屋さんみたい」と言うほどである。ほどほどに食べ尽くしたところで、彼女が言う。「寒氷魚(かんかい)食べる?これは、剥き方にこつがあるのよ。しっかり教えてもらったから、こうしてこうして。ほらね」と実に見事に皮をはいで行く。彼も、男性も一尾づつもらい、挑戦した。彼も、彼女の手付きの見よう見まねでなんとかうまくはぐことが出来た。「うん、美味しいね。ビールに合うな。ついついペースが早くなってしまう」と男性は言う。「隣の席の人のは、皮を剥いたやつね」と彼女は小声で言う。「なるほど、それを見てたから、食べたくなったんだろ」「えへへ」

 2時間と言う時はあっと言う間に過ぎて行った。盛岡駅でやまびこ56号に乗り換えるが、彼と彼女は疲れのためか急ぎ足になることが苦痛であった。「年功序列で、席取ってきて」彼は、理屈にもならない言葉を男性に吐いた。その言葉を素直に受け取った男性は、さっと走って、一号車の3人掛けの席を確保していた。

 やまびこ56号は乗車後まもなく発車した。車内販売で彼女と男性はビールを購入したようであるが、彼は炭酸に弱いためにこれを拒否した。彼がいつしか眠りに就き、気付いたときには、男性と彼女は青森で購入した弁当を頬張っていた。はつかりの車内であれほど食べたのにまだ入ることが信じられない彼であった。結局、彼の購入した弁当は、自宅まで持ち帰ることになる。

 やまびこ56号が福島を出た頃であろうか、先ほどからしばしばウトウトしかけていた彼女が眠りに就いた。大宮駅付近で男性が彼女を起こすまで。

 大宮駅で男性は、下車していく。「新年会でもやりましょうね」と窓越しに語りかける。いよいよ今回の旅も終局を迎えようとしていた。

 「花」の音楽にのり、やまびこ56号は上野駅に到着した。二人は山手線に乗り換える。あまり言葉の無いまま、日暮里駅に着いた。この駅で彼女は京成本線に乗り換えるために下車する。「またね。お疲れさま」軽く会釈をして別れる。車中と車外で笑顔が交差する。

 いつも終わりは淋しいものである。淋しいからこそ次の出会いを求めるのである。帰宅した彼は、翌週に控えた岡山行きの行程を考えていた。

「君と出会い、そして別れて、また淋しさに出会う。めぐり合い、そして別れて、また淋しさに出会う」

 ふきのとうの曲が冷たい部屋に流れていた。


まるすの不思議な旅・一人旅、そして(完)

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